Reflections / Graham Nash (Rhino)2009/02/22

Reflections / Graham Nash

ニール・ヤングが去年監督した素晴らしいドキュメンタリー映画『デジャ・ヴ』の中に、現在のCSNYが往年のナンバー「ファインド・ザ・コスト・オヴ・フリーダム」をライヴ会場で歌うシーンがあって。その背後、ステージ奥に設置されたスクリーン上にイラク戦争で戦死した若き兵士たちの顔写真が次々と表示されていくのだけれど。スティーヴン・スティルスとニール・ヤングが生ギターでインスト・パートを演奏している間、くるりと背後を振り返ってその膨大な写真にじっと見入るグレアム・ナッシュの表情が映し出される。なんだかやけに印象的なひとこまだった。

ベトナム戦争のただ中に作られた楽曲を、世紀を超えて別の戦争が巻き起こっている今、また同じCSNYが演奏し、そのメッセージがそのまま現役のものとして通用してしまうなんて…。ナッシュの眼差しにはそんな思いが溢れているような気がした。

グレアム・ナッシュという人は、緊張感びりびりのCSNYにあって、ただひとり、いつも穏やかな感触をたたえながら佇んでいる感じで。歌声も優しくて。生真面目で。でも、きっちり頑固で。CSN結成当時、何も知らないぼくは、優しそうなぶん、この人のことちょっとナメがちだったりもしたけれど。すみません。聞き続けるうちに、この人の素晴らしさをじわじわ思い知った。今では旧作も近作も大好きだ。寡作な人だけど。ホリーズの一員としてデビューして以来40年以上。そんなグレアム・ナッシュの1967~07年までの歩みをざっくり年代順にたどる3枚組ボックスが登場した。

ホリーズ時代のモノ・ミックス3曲、CSNとCSNYがそれぞれ再結成ものも含めて14曲と5曲、クロスビー/ナッシュが12曲、キャロル・キングとのデュエットが1曲、単独名義が29曲という全64曲。うち、未発表ミックスが22曲、未発表ヴァージョンが5曲、未発表曲が6曲。なかなかに充実した内容に仕上がっている。

CSNY期の「ティーチ・ユア・チルドレン」の別ミックスとか、ソロでの「ライト・ビトウィーン・ジ・アイズ」のアコースティック・デモとか、新鮮な音源も少なくない。ラストを締めくくる07年録音の「イン・ユア・ネーム」をはじめ、未発表曲も興味深いものが多い。あと、写真家としても活動するナッシュさんだけに、初出のものを多く含む写真満載の150ページのブックレットも楽しいです。

この人の生真面目さと頑固さと優しさを40年分、たっぷり味わえるうれしい箱だ。

Sing: Chapter 1 / Wynonna Judd (Curb)2009/02/23

Sing: Chapter 1 / Wynonna Judd

母親とのデュオ“ジャッズ”で一世を風靡したワイノナさん。この人は、まあ、ジャンルとしてはカントリー・アーティストなわけですが。ソロ・シンガーとして独立後は徐々に興味がカントリーの世界の外に向かうようになってきた。03年に出たソロ6作目『ホワット・ザ・ワールド・ニーズ・ナウ・イズ・ラヴ』ではジェフ・ベックと共演してみたり、エルヴィスをカヴァーしてみたり、往年のパブ・ロックふうの曲に挑んでみたり。痛快なアプローチを展開してみせた。いかしてた。ワイノナって人の才能を再確認できた。

でも、この外向きの方向性が、保守ばりばり、新奇な試みを徹底的に嫌う米カントリー・ラジオとそのリスナー層から嫌われて。チャート・アクション的にも地味な存在に。ディクシー・チックスをボイコットした件といい、アメリカのカントリー・ステーションってのは怖いとこっすね。で、ワイノナのリリースとしてはその後、ライヴ盤とクリスマス・アルバムが出たのみ。どうしてるのかなと思っていたら。

久々のオリジナル・アルバムが出ました。痛い目にあっただけに、再びカントリーど真ん中の世界へと戻ったかと思って聞いてみたら。とんでもない。ワイノナさんは負けませんでした。今回はさらにジャンルの幅を広げて全編カヴァーの新作を送り出してきた。

のっけ、いきなり30年代のスウィンギーな「ザッツ・ハウ・リズム・ワズ・ボーン」でごきげんな多重クローズド・ハーモニーを聞かせて。続いて、ハンク・ウィリアムスの必殺のカントリー・バラード「アイム・ソー・ロンサム・アイ・クッド・クライ」を壮麗なストリングス・オーケストラをバックに切々と聞かせて。次は20年代に活躍した女性ブルース・シャウター、シッピー・ウォレスの「ウィメン・ビー・ワイズ」をブルージーにきめて。スマイリー・ルイスによるニューオリンズR&Bクラシック「アイ・ヒア・ユー・ノッキン」を豪快なロックンロールで聞かし。マール・ハガードの「アー・ザ・グッド・タイムズ・リアリー・オーヴァー・フォー・グッド」をソウル・バラードのように変身させ…。

他にも、スティーヴィー・レイ・ヴォーンの「ザ・ハウス・イズ・ロッキン」、ビル・ウィザーズの「エイント・ノー・サンシャイン」、ペギー・リーの「アイム・ア・ウーマン」、バカラック・ナンバー「エニワン・フー・ハッド・ア・ハート」、ポピュラー・スタンダード「ホエン・アイ・フォール・イン・ラヴ」、そしてロドニー・クロウェルの「シング」など、幅広い選曲をそれぞれアイデア豊かにカヴァーしてみせる。

たぶん、またアメリカのカントリー・ラジオからはガン無視されるんだろうな。アメリカのカントリー界って、いつからこんなに狭量になってしまったのやら。往年のパッツィ・クラインとかの柔軟な持ち味と現在のk.d.ラングとかワイノナの持ち味と、そんなに違うとは思えないんだけど。本盤でワイノナがハンク・ウィリアムス作品やマール・ハガード作品を取り上げて、流麗に、あるいはソウルフルにカヴァーしてみせたのは、そうした状況に対する彼女なりの強いメッセージなのだろうと思う。

アメリカでダメなら、もともと雑食好きのわれわれ日本人が応援してあげたいものだが。でも、日本でもダメかなぁ。どんな曲を取り上げても、本盤でのワイノナはあくまでもカントリー・シンガーとしてそこに足を踏ん張っていて。自らもそのことにプライドを持っているように見える。実にかっこいいんだけど。それが、カントリーに対して妙な先入観や偏見がはびこる日本では裏目に出ちゃうかも。難しいものです。

Willie and the Wheel / Willie Nelson & Asleep at the Wheel (Bismeaux)2009/02/25

Willie and the Wheel / Willie Nelson & Asleep at the Wheel

ウィリー・ネルソンというと、75年、米コロムビアへと移籍してからが黄金時代ということになっていて。まあ、ぼくも異論はないのだけれど。ごく個人的な気分を全開にして言わせてもらうと、実はその直前、アトランティックにほんのちょこっとの間在籍していた時期のアルバム2枚がぼくは大好きだ。旧態依然としたナッシュヴィルに見切りをつけ、テキサス州オースティンに新拠点を構えて新たな試行錯誤をスタートさせた時期のウィリー・ネルソンの味が凝縮している感じで。かっこいいのだ。

ウィリーがアトランティックと契約するにあたっては、当時アトランティックのエグゼクティヴだったジェリー・ウェクスラーが大きな役割を果たした。70年代初頭、ウェクスラーは新時代のポップ・サウンドとなりつつあった南部のカントリー・ロック/スワンプ・ロックに大いに興味を示していたのだとか。そこで彼は、当時たまたまどこの会社ともレコーディング契約がなかったダグ・サームに白羽の矢を立て、そのころダグが活動の拠点としていたテキサス州オースティンへと出向いた。

オースティンという街は今もなお独自の気風を持つ音楽都市として有名。全米的なメジャーな音楽ムーヴメントとはまた別の価値観のもと、確実に独自のシーンを形成している街だ。そうした傾向がくっきりと形を作り始めていたのも、まさに70年代初頭。そんな環境に足を踏み入れ、新しい音楽ムーヴメントが確実に芽吹き始めていることを肌で感じたウェクスラーは、地元のクラブであらゆる音楽をダイナミックに融合しながら演奏するダグ・サームの姿に感動するとともに、その夜、ダグの前に出演していたウィリー・ネルソンにも大いに興味を抱き即座に契約を結んだ、と。

というわけで、ウィリーはアトランティックで『ショットガン・ウィリー』と『フェイゼズ・アンド・ステージズ』という2枚のアルバムを制作。続いて、ウェクスラーは彼に、当時まだメジャー・デビュー仕立てだったウェスタン・スウィング・バンド、アスリープ・アット・ザ・ホイールとの共演アルバムを作ったらどうだと進言したらしいのだけど。2枚のアルバムがまったくセールス的に満足できる成績を残せなかったことから、アトランティックはウィリーに契約打ち切りを宣告。アスリープとの共演アルバムの計画はおじゃんになってしまった。ああ…。

そんな幻の共演アルバムが、なんと30数年の歳月を経てついに実現した。それが本盤。きっかけとなったのはまたまたジェリー・ウェクスラーだ。07年、ウィリー・ネルソンのコンサートを見に行った彼は、そのときオープニング・アクトをつとめていたアスリープ・アット・ザ・ホイールを見て、かつて頓挫してしまった共演アルバムの計画を思い出したらしい。そんなふうにして本盤が誕生した。ジェリー・ウェクスラーは08年夏、91歳で他界してしまったけれど。最後の最後まで本当にいい仕事をしてくれたものだ。本盤にウェクスラーはエグゼクティヴ・プロデューサーとしてクレジットされている。いやー、感慨深い1枚じゃないですか。

まあ、これまでにもウィリーとアスリープは共演を何度もしている。かつてアスリープが中心になってレコーディングしたボブ・ウィルズへのトリビュート・アルバム『ライド・ウィズ・ボブ』でも、アスリープ・アット・ザ・ホイール・フィーチャリング・ウィリー・ネルソン&マンハッタン・トランスファーという、とてつもなく豪華な名義で「ゴーイング・アウェイ・パーティ」をカヴァーしていて。これが泣ける名演だった。

いずれにしても、同じウェスタン・スウィング系の音楽の伝統をルーツとするウィリーとアスリープ。息もぴったり。ボブ・ウィルズ、ミルトン・ブラウン、クリフ・ブルーナー、スペイド・クーリーら偉大な先達のレパートリーからピックアップされた選曲も見事。まあ、もしこの共演が70年代に実現していれば、当時誰もが古くさいものとして忘れかけていた伝統音楽のフォーマットにあえて積極的にアプローチを仕掛ける若きミュージシャンどうしのスリリングなコラボレーションを楽しめたはずで。そういうのも聞きたかったな、と。ちょっと残念な気分になるのだけれど。年輪を重ねて、そうした伝統を守る側に位置するベテランどうしとして、肩の力を抜いて共演した本盤での余裕のアンサンブルも悪くない。